大学時代

 高校を卒業した私は「拓殖大学」へ進学しました。

 拓殖大学の経済学部は当時、1・2年が八王子校舎で3・4年が茗荷谷校舎という事でした。

 1・2年の頃は八王子校舎でしたので、辻堂駅から隣の藤沢駅に出て小田急に乗換え町田へ、

 今度は町田から横浜線に乗って八王子、更に八王子から中央線でようやく高尾に到着。

 高尾駅からは徒歩やバスで大学へと平気で2時間位はかかっていました。

 帰りは寝たいので八王子から大船までずっと横浜線を使って寝ていたり、色々鉄道を使っていました。

 その頃は途中乗換えで下車する「町田」は良く遊んだりしていました。

 時には車やバイクで茅ヶ崎から八王子まで通った事もありました。

 理由は鉄道を使うよりも早かったからです。

 特にバイクを使った場合は相模川の河原を走ると信号にも捕まらず結構走れてしまいました。

 3・4年になると茗荷谷校舎に通う事になるので、さすがにバイクや車は使えませんでしたけど・・・

 その茗荷谷校舎までは辻堂駅から1本で東京駅へ、東京駅からは地下鉄「丸の内線」で茗荷谷のコースでした。

 毎日サラリーマンに紛れながら先日東海道線から引退した113系に乗って通いました。

 80系の記憶から113系が定番中の定番だった東海道線でしたが、113系の引退は寂しいですね。

 そんな事言ってても寝たいとかゆっくり座りたいとの理由からわざわざ185系使用の普通編成を狙って

 乗ったりしていたんですが・・・

 さて茗荷谷の頃は地下鉄丸の内線利用だった為「池袋」「御茶ノ水」や「後楽園」で良く遊んでいました。

 帰りは必ず東京駅から座って寝ながら帰ってきていたので、遊んだ後東京駅に向かうのには

 中央線や山の手線を利用していました。

 辻堂駅は茅ヶ崎側の改札利用の為常に先頭車に乗っていましたね・・・

 当時は少し鉄道の興味は薄れていた頃ですが、大学時代の鉄道通学はとても面白かったです。