巨大都市「横浜」

 三浦海岸の後私は横浜の金沢文庫へ転勤となります。

 社宅も横須賀から横浜市港南区の「上永谷」へ引っ越します。

 上永谷といえば横浜市営地下鉄が地上を走る区間にある所で閑静な住宅街といった所です。

 ついに横浜市民になってしまった私ですが、勤務するのは金沢文庫界隈でしたので、

 またしても京急沿線での勤務という事になります。

 上永谷の社宅は5階建のマンションの5階にあり、窓からは遠めにランドマークタワーが見える好立地でした。

 更にマンションの2階がおいしい焼肉屋だったので良く食べに行きました。

 ただマンション横の幹線道路が暴走族のルートだった様で時々夜中もの凄くうるさい時がありました。

 上永谷に住んでいた頃ちょうど環状2号線が出来て、どこに出るにも出やすい非常に立地のいい場所で、

 東戸塚や横浜中心部、新横浜等よく出ていました。

 勤務していた金沢文庫界隈いわゆる金沢区もその頃はすごく整備されて発展している時でしたね。

 ちょうどその年は松坂大輔の「横浜高校」が甲子園で優勝し、マシンガン打線と言われた「横浜ベイスターズ」が

 セ・リーグを制した年でしたので、横浜は大フィーバーとなり私も仕事がとても忙しかった記憶があります。

 翌年春に北海道へ転勤が決まってしまう為、わずか8ヶ月の横浜市民生活となってしまいます。